地面師対策――高額化時代の不動産取引における信用設計の再構築

   
2017年に発覚した*積水ハウス地面師詐欺事件*は、
日本の不動産市場に深い衝撃を与えました。
約55億円という巨額被害は単なる特殊詐欺ではなく、
登記制度の構造的特性を突いた事件でした。
この事件は「巧妙な犯罪」というより、
「制度設計の盲点」を突いた象徴的出来事だったと言えるでしょう。
ここ最近でも、
司法書士による不動産詐欺事件が起き、
「不動産は危ない」というイメージが広がっております。
  

なぜ地面市詐欺は起こる?

  
私がこの業界で最初に驚いたのは、
「この登記制度は、詐欺に悪用されないことが不思議」
という感覚でした。
先にお金が動く→登記申請という段取りです。
どの不動産会社も、着金確認だけはきっちりします。
売主様保護のためです。
しかし、お金は動いても、
まだ本当に不動産が買主のものになったかどうかは、
確定していません。
登記が無事に完了したとわかるのは1週間程度あとです。
  
日本の不動産登記制度は「形式審査主義」を採用しています。
例外はありますが、
いわば出された書類ベースで処理しますという制度です。
登記官は提出書類の形式的整合性を審査し、
実体的真実、
すなわち「本当に本人か」
「真意による売買か」までは
原則として踏み込みません。
  
この制度は、
不動産流通の迅速性と
取引安全のバランスを図るために設計されたものです。
  
高度成長期からバブル期に至るまで、
取引量の拡大を支える
合理的な仕組みとして機能してきました。

しかし現在、
市場環境は大きく変化しています。
都心部では一棟収益物件や開発用地が
数億円単位で取引され、
ファンドや海外投資家の参入も一般化しました。
価格規模が拡大したにもかかわらず、
制度の基本構造はほぼ変わっていません。
この「規模と制度のギャップ」こそが、
現代の地面師リスクの本質です。

決済と登記完了の時間差という構造的リスク

  
不動産取引の実務では、
決済日に売買代金が支払われ、
その場で司法書士が登記申請を行います。
しかし、登記完了は
通常数日から1週間後です。
つまり、資金は先に移転し、
権利確定は後日という構造になっています。
  
もし申請が却下されれば、
代金回収は極めて困難になります。
この「時間差」こそが、
地面師型詐欺を成立させる最大の要因です。
このことは、まだ若かりし私としても、
「本当にこの制度大丈夫??」と考えていましたが、
以前勤めていた会社の先輩は
「これが不動産取引だよ」と
あたかも普通な感覚で話していたことを思い出します。
これは絶対おかしいと思っていたところ、
積水ハウス事件が発生しました。
  
登記は申請して
初めて審査が始まる制度である以上、
決済と完全に同期しているわけではないのです。

高額化時代・デジタル時代において、
この数日のギャップは
経営リスクとして看過できない水準に達しています。

なぜ実体審査に移行しないのか

  
「一定額以上は実体審査にすべきだ」という意見は
合理的に思えます。
私もそう感じます。
しかし、実体審査を導入すれば
登記官は事実調査機関となり、
国家責任の範囲が拡大します。
審査期間は長期化し、
流通は停滞し、
行政コストは増大します。
制度は迅速性を優先する思想で設計されているため、
また、日本人特有の「性善説感覚」での制度設計ですので、
全面的な転換は容易ではありません。
  
また、売買価格は
私法上の契約事項であり、
登記制度は、原則として
価格を審査対象にしていません。
金額基準を設けるには、
価格情報を登記申請の必須事項とする法改正が必要になります。
制度改編は技術的にも政治的にも大きなハードルを伴います。

実務レベルで強化すべき対策

  
制度改正を待つのではなく、
企業が主体的に統制を強化することが現実的な解です。

1.本人確認の多層化
  
売主との複数回面談、
生活実態確認、
固定資産税納税通知書や
公共料金支払履歴の照合など、
形式確認を超えた裏取りを行う。
オンライン面談のみで完結させないことも重要です。

2.リスクスコアリング制度
  
高齢単身、
長期空室、
遠隔地所有、
急な価格変更、
権利関係の複雑化などの要素を点数化し、
一定基準以上は特別審査フローへ移行させる。
担当者の勘に依存しない仕組みづくりが不可欠です。
  
3.エスクロー活用(これが最善策な気がします)
   
登記完了確認まで
第三者が資金を留保する仕組みを導入する。
特に高額案件では有効です。
*アメリカ合衆国*では
エスクロー会社やタイトル会社が一般的に介在し、
資金移転と権利移転を同時確定させる仕組みが
広く定着しています。
日本でも任意利用は可能であり、
ハイリスク案件では積極的に採用すべきでしょう。

4.留保金方式

  
全額即日決済ではなく、
一部を登記完了後支払とする契約設計。
売主の理解を得る交渉力も重要になります。

5.ダブルチェック体制
   
司法書士任せにせず、
社内法務や外部専門家によるクロスレビューを実施。
高額案件では「費用」ではなく「保険」と捉えるべきです。

内部統制としての仕組み化

  
地面師対策は担当者の能力に依存させてはなりません。
社内規程として、

・一定額以上は役員決裁必須
・本人確認チェックリストの標準化
・面談記録の保存義務
・例外承認の明文化

といったルールを整備する必要があります。
さらに、ヒヤリハット事例を共有し、
疑義が生じた際に相談しやすい組織風土を作ることが重要です。

高額取引におけるエスクロー義務化という選択肢

      
将来的には、
一定額以上の取引について
エスクロー利用を義務化する制度も検討に値すると思います。
例えば1億円以上の所有権移転では、
指定金融機関の信託口座を利用し、
登記完了確認後に自動送金する仕組みです。
これにより、
地面師型詐欺の成立可能性は大幅に低減します。
一方で、コスト増加や資金繰りへの影響など課題もあります。
しかし市場の信頼性向上という観点からは、
長期的に見れば合理的な投資といえるかもしれません。

本質は「信用の再設計」

  
地面師問題の核心は、
犯罪対策ではなく「信用設計」にあると考えます。
制度が迅速性を優先するならば、
信用補完は民間が担うしかありません。
          
高額取引が日常化した現在、
性善説に依存したフローは危うい。
確認コストを惜しむか、
事故リスクを抱えるか
――その選択は経営判断です。

不動産会社に求められるのは、
・疑う文化
・裏を取る習慣
・例外処理を許さない統制

これらを組織に根付かせることです。

まとめ

   
地面師対策は一時的なキャンペーンではなく、
企業統治そのものの問題です。
市場が拡大し、
国際化が進む中で、
取引の安全性は競争力に直結します。
   
制度は完璧ではない。
しかし、実務は進化できる。
   
不動産会社が
主体的にリスク管理を高度化し、
信用を設計し直すこと。
それこそが、
高額化時代における持続的成長の前提条件ではないでしょうか。
 

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この記事を書いた人
株式会社KN不動産 代表取締役社長
久賀田 康太

寝屋川高校卒
関西大学法学部卒
住友不動産販売株式会社を経て、現職
(保有資格)
宅地建物取引士
マンション管理士
賃貸不動産経営管理士
管理業務主任者(未登録)
 


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